副題は、「ユーロビジョンとユーゴスラビアとアタシ」。
本題。
映画「あなたになら言える秘密のこと」(The Secret Life Of Words)は、見ていると精神的に重くなってしまう映画のひとつ。重すぎて、何度見ても消化しきれていません。
精神的に重たいのは大の苦手なアタシ(物理的に重たいひとは大歓迎だけれど〜w)。それなのに何度も観てしまうのは、やっぱり旧ユーゴがらみだから?それともMだから?(笑)
あなたになら言える秘密のこと(The Secret Life Of Words)
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=324289
http://www.imdb.com/title/tt0430576/ [en]
劇中、主人公が口ずさむ歌があります。1980年代のヨーロッパ産のヒット曲です。その後、彼女の語る内容とあまりにも対照的な歌です。
ライアン・パリス - ドルチェ・ビタ
(Ryan Paris - Dolce Vita)
http://www.youtube.com/watch?v=J_ifbB0L6Kk - pv
Ryan Paris
http://en.wikipedia.org/wiki/Ryan_Paris [en]
http://www.ryan-paris.com/ [en, ...]
昔からやけど、なぜ自分はユーゴスラビアこだわるんやろうかって自問してみました。思い当たるのはふたつ。
ひとつめは1984年、何気に映画館で見たユーゴスラビア映画「3人でスプリッツァ」(Nesto izmedju)。
映画としてはお世辞にも秀逸な作品とは言えなかったけれど、とても気になる映画でした。当時の自分には(あるいは今も)消化しきれない当時のユーゴ事情や後味のよろしくない終わり方もあったのかもしれないけれど。とりあえず理解できたことのひとつが、ひとことでは言い表せないのがユーゴスラビアだ、ということでした。
3人でスプリッツァ(Nesto izmedju)
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=9360
http://www.imdb.com/title/tt0086004/ [en]
http://www.yu4you.com/items/en/dvd/item_286.html [en]
もうひとつが1990年5月、ユーゴスラビアのザグレブ(今のクロアチア)で開かれたユーロビジョン・ソング・コンテスト。前年のベルリンの壁崩壊の余韻覚めやらぬときに開かれた大会。ベルリンの壁崩壊をテーマにした作品が多く、明るい将来を期待した浮かれた時期だったように思います。
ユーロビジョン・ソング・コンテスト1990
http://www.eurovision.tv/index/main?page=66&event=306 [en]
http://en.wikipedia.org/wiki/Eurovision_Song_Contest_1990 [en]
http://ja.wikipedia.org/wiki/ユーロビジョン・ソング・コンテスト1990
http://www.asahi-net.or.jp/~pt2y-okmt/esc/data1990.htm
私は同年10月(あるいは11月)のある深夜に、たまたまチャンネルを回した(表現古いね)NHK総合でこれのダイジェスト版を幸運にも見ることが出来ました。それまではユーロビジョンはその名前と出場者のいくつかの作品(アバやジンギスカンなど)を聞くだけの存在でしかなかった大会を、思いもよらぬタイミングで初めて見ることができたんです。それも、テレビ欄には記載されておらず急遽放映されたものだったようなので、見ることが出来てどれほど嬉しかったのか、あの時の興奮は今もはっきりと思い出すことが出来ます。今思えば、この時の興奮が自分のユーロビジョン好きを決定付けたのかもしれません。
でもこの時すでに、当地ユーゴスラビアでは崩壊の前兆があらわれていたんですよね。たぶん、新聞などでは報道されてたと思います。でも、後にあれほど大きな紛争になるとはまったく想像もできなかったために気にも留めていませんでした。想像できなかったとはいえ、今思うと浮かれていた自分がなんだか恥ずかしくて。
そんな思いがユーゴスラビアを気がかりにさせているのかと思うけれど確信はナシ。
この年の優勝曲は、イタリア代表トト・クトゥーニョ(Toto Cutugno)の Insieme: 1992(直訳すると、一緒に:1992年)。ベルリンの壁崩壊がテーマではなかったものの、1992年に行われる予定だったEC域内の市場統合(ECからEUへ)をテーマにしたもので「ヨーロッパはみな一緒」という内容が時代にマッチしたのかもしれません。
この曲は、映画「ブコバルに手紙は届かない」(Vukovar poste restante)の劇中のテレビ映像でも使われていました。内戦におびえる登場人物たちにとってはテレビの中の世界はまったくの別世界。皮肉といえば皮肉な運命。
トト・クトゥーニョ(Toto Cutugno)
http://musica.itreni.net/artisti/cutugno.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/トト・クトゥーニョ
ブコバルに手紙は届かない(Vukovar poste restante)
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=54677
http://us.imdb.com/title/tt0111646/ [en]
同じこの大会でユーゴスラビア代表として出場したのが Tajči(タイチ)こと Tatjana Matejaš(タチャーナ・マテヤス)。日本では1996年、タジャーナ(Tatjana)としてエイベックスからCDをリリースしてました。彼女はこの大会の翌年、出身地クロアチアがユーゴスラビアからの独立を宣言したことによる政情不安で地元でのキャリアに終止符を打たざるを得ず、出国。その後のことは英語版 Wikipedia にかかれてあります。
彼女が国を捨てざるを得なかった思いからなのか、クラシック・ピアノの演者である夫との出会いがあったからなのか、もともと信心があったからなのか、彼女は今はキリスト教(カトリック?)をテーマにした音楽活動されているようです。YouTube の映像を見ていけば、色気を売りにしていた1990年代までの彼女の作品と今の彼女のそれとはまったく意を異にしているのがおわかりいただけるかと。
Tajci - Hajde Da Ludujemo (1990)
http://www.youtube.com/watch?v=7zTH0F1rf1w - live@ESC
http://www.youtube.com/watch?v=0r57Y-wt4Z0 - pv
http://www.diggiloo.net/?1990yu - lyrics
タジャーナ - サンタマリア (1996)
(Tatjana - Santa Maria)
http://www.youtube.com/watch?v=7zvT6bEqPeE - pv
Tajci - How I Love The Christmas Season (2007?)
http://www.youtube.com/watch?v=QoQHOVityDQ - live
タジャーナ(Tatiana Cameron / Tatjana Matejaš / Tajči)
http://avexnet.jp/item/tatja/profile/
http://idobelieve.com/ [en] 公式サイト
http://en.wikipedia.org/wiki/Tatiana_Cameron [en]
90年代の一連のユーゴスラビア紛争は、80年代にユーゴの当時の為政者が国内の民族対立をあおるような方策をしたのが一因だといわれています。
ユーゴスラビア紛争
http://ja.wikipedia.org/wiki/ユーゴスラビア紛争
http://en.wikipedia.org/wiki/Yugoslav_wars [en]
国民の不満のはけ口のために意図的に敵をつくり出すような施策をする為政者は、犠牲者を作り出すだけの偽(ぎ)政者でしかない
とワタシは思います。
(エッセンスとしてちょっとダジャレを入れてみましたが、お味はいかがですか)
コソボ独立を報じる今日の夕刊のある一文に目が留まりました。
洋服店経営のセルビア系女性(40)は「生まれてからずっと、戦争の時期も私はここで暮らしてきた。独立なんて私たちの生活には関係がない。昨日も今日も明日も、何も変わらない」。そう話すうち、彼女の両目には涙がにじんだ。
コソボ:独立宣言 酔いしれる「首都」 身をすくめるセルビア系、民族の対立残し
http://mainichi.jp/select/world/news/20080218ddm007030074000c.html
彼女は俺よりも年下だけれど、俺には想像もつかないような体験をしているに違いありません。
コソボの今回の独立宣言は主要各国で受け入れられそうです。これにより、形式的に残っていたユーゴスラビアは完全に無くなったことになります。
独立の度に紛争が起こり数多のひとたちが犠牲になりましたが、この独立が、あまねく人々に幸福をもたらすきっかけになりますように。
以上です。
最後まで辛抱強く読んでいただいたことに感謝します、ありがとうございました。



