2014年05月01日

[memo] Electro Team

ろんぐ・たいむ・のー・しー’14。

前回のエントリーから1年と1ヵ月。みなさまいかがお過ごしでしょうか。てか、見てはる?(汗)

1年以上もブログを放置してましたが、書きたいことが無かったワケではなく、書きたいことがいろいろあって、それをまとめる気力がなかっただけなんです。・・・と書けば格好いいのですが(いや、格好いいのか?w)、単に面倒くさかっただけだったり・・・。


で、本題。


音楽分野で最近つぶやいたことで、前から気になっていたのは Electro Team(エレクトロ・チーム)というクロアチアのユーロダンス・グループ。固有名詞っぽくないネーミングだけれど固有名詞。アゼルバイジャンのロックバンド Unformal やモンテネグロのボーイズ・グループ No Name よりかはわかりやすいかと。そうそう、モンテネグロといえば、去年のユーロビジョン代表の名前が Who See というヒップ・ホップ・グループもありましたねえ。

Unformal - Sonsuz Yol
 https://www.youtube.com/watch?v=Qc0HS0arlVU
No Name - Zauvijek Moja
 https://www.youtube.com/watch?v=gjd8QYUyvHk
Who See - Igranka
 https://www.youtube.com/watch?v=8BmHI_57vJk

おっと、わき道にそれちゃいました。

Electro Team のアルバムって、たぶん、日本ではレコードやCDが正式にリリースされてないんじゃないでしょうか。シングル曲などがオムニバス盤に収録されてるかもしれないけれど。日本語の情報もみあたらないし。
ということで、自分用の備忘録。彼らについての情報はいつもどおりのウィキペディア。とはいえ、日本語版では見当たらなかったので英語版とクロアチア語版で。

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Electro Team

Electro Team(エレクトロ・チーム、略称 ET、あるいは E.T.)は1987年に Boytronic (ドイツの同名ボーイズ・バンドとの関係は不明)こと Adonis Čulibrk(アドニス・チュリブリク)によってザグレブで結成。80年代末に Dáreal(ダ・リアル、D'Knock Darko Juranović)と Sky Rocker(Nino Mlinac)が参加。1989年に現在の HRT が当時試験放送中(?)だった Z3 というテレビチャンネルの番組内で Miami Ladies を披露したのが彼らの「デビュー」。後にバンドのボーカルになる Vanna (ヴァナ、当時は Ivana Ranilović、現在は Ivana Vrdoljak)が、このときはゲストボーカルとして参加。

ET - Miami Ladies (1989)
 https://www.youtube.com/watch?v=pRsbJ68Vbow

Ilan & Ivana のひとりとして活動していた Vanna は1991年にデュオ活動をやめて ET に参加(このときに名前を Vanna に変える)。これにより、ET は黄金期を迎える。
クロアチア紛争が始まったあと、1992年にリリースされた彼らのデビューアルバム Electro Team にも収録されている Prayer For Peace(クロアチア語版タイトル Molitva za mir)は彼らの最初のヒットとなる。

ET - Prayer For Peace (1991)
 https://www.youtube.com/watch?v=gCCkCaKkno4


1993年初頭にリリースされた Tek Je 12 Sati(英訳 It's Only 12 O'clock)は大ヒットとなる(1994年リリースのアルバム Second to None に収録)。このビデオは同年から始まったクロアチアの音楽賞 Porin のベストビデオ賞を受賞。

ET - Tek Je 12 Sati (1993)
 https://www.youtube.com/watch?v=ECKzv7cH88A


1995年には、Second to None からシングルカットされた Da Ti Nisam Bila Dovoljna(英訳 That I Wasn't Enough for You)が同年の Porin のベスト・シングル賞を受賞。

ET - Da Ti Nisam Bila Dovoljna (1994, 1995)
 https://www.youtube.com/watch?v=wUCNDSCX0QA


1996年にリリースされたサード・アルバム Anno Domini からは Ja Ti Priznajem(英訳 I Confess to You)がヒット。

ET - Ja Ti Priznajem (1996)
 https://www.youtube.com/watch?v=RIuBq30hYE4

1998年に Vanna と Dáreal がそれぞれのソロ・キャリアを積むためにグループを抜ける。これから一時期、グループは低迷する。ちなみに、Vanna は2001年のユーロビジョンにクロアチア代表として出場。

Vanna - Strings Of My Heart (2001)
 https://www.youtube.com/watch?v=ZKw7TFWdUTg
 
2000年、あたらしいボーカル Andrea Čubrić(アンドレア・チュブリッチ)を迎えて4枚目のアルバム Disco Neckt をリリース。
2001年、Andrea Čubrić に変わり Lana Klingor(ラナ・クリンゴル)がボーカルとして参加。
2002年、5枚目のアルバム Vision 5 をリリース。このアルバムはチャートにカムバック。
2003年、ベストアルバム Decade をリリース(公式サイトはこれを6枚目のアルバムと紹介している)。
2005年、あたらしいボーカル Katarina Rautek(カタリナ・ラウテク)を迎えて6枚目のアルバム Frankfurt Bombay Tokyo をリリース。

ET - Sve Je Bila Laž (Tokyo Party Mix) (2005)
 https://www.youtube.com/watch?v=iJobbidV_SQ
ET - Ne Daj Mi Da... (Bhangra Version) (2005)
 https://www.youtube.com/watch?v=Whp43q244CU


2007年、7枚目のアルバム Vrhunski Album をリリース。
2010年、8枚目のアルバム Powercore をリリース。

ET - Soba 202 (2010)
 https://www.youtube.com/watch?v=0XnrD4FFKm0
ET - Varat Ću Te (2010)
 https://www.youtube.com/watch?v=qmmwGdvwxH0
ET - Zbogom Mala (2010)
 https://www.youtube.com/watch?v=DVSrXLC8cyk

2013年4月、シングル Priđi Bez Razloga(英語直訳 Come Without Reason)をリリース。現在のところ最新曲のよう。

ET - Priđi Bez Razloga (2013)
 https://www.youtube.com/watch?v=XgaHRbUIZyI


ET は現在もクロアチアなどで人気があるが、Vanna 在籍時のそれにはまだ及んでいない。

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情報元:

Electro Team - 公式
 http://www.electroteam.com.hr/ *音がでます(クロアチア語、英語)
Elecrto Team - Wikipedia
 http://hr.wikipedia.org/wiki/Electro_team (クロアチア語)
 http://en.wikipedia.org/wiki/Electro_Team (英語)
Electro Team discography - Discogs
 http://www.discogs.com/artist/345951-Electro-Team

翻訳参照:

グーグル翻訳(クロアチア語→英語)
 http://translate.google.co.jp/?hl=ja#hr/en/

posted by oka at 03:25| 奈良 ☁| Comment(0) | 音楽(music) - YouTube | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月29日

[音楽メモ] John The Whistler - I'm In Love

久しぶりにブログに記事を書こうとログインしたら入力画面のデザインがちょ〜変わっていてビックリ。


本題。
昨日ツイッターでも一部つぶやいたこと。

Alexander RybakЯ влюблен(Ya Vlyublyon / I'm in love)という曲が気になったて調べたら、ベルギーの John The Whistler の2000年のヒット曲 I'm in love がオリジナルっぽい。この曲はヨーロッパ各地でヒットして、いろいろなひとにカバーされているよう。


John The Whistler - I'm In Love (オリジナル)

 http://www.youtube.com/watch?v=s_wGoefyLTA - PV

Alexander Rybak - I'm In Love (カバー)
 http://www.youtube.com/watch?v=6B7Y_RK4yyM
Alexander Rybak - Я влюблен (Ya Vlyublyon) (ロシア語カバー)
 http://www.youtube.com/watch?v=Llsu2ZoPl8I
Дискотека Авария - Я влюблен (ロシア語カバー)
 http://www.youtube.com/watch?v=stTDmwP1w2g
Fabrizio Faniello - I'm In Love (カバー)
 http://www.youtube.com/watch?v=TzjCfdDO-RM - PV
Fabrizio Faniello - Kasmaran (I'm In Love) (インドネシア語カバー)
 http://www.youtube.com/watch?v=qmxAJv9dd6I - PV


John The Whistler
 http://no.wikipedia.org/wiki/John_The_Whistler
 http://ru.wikipedia.org/wiki/John_The_Whistler
本名は Umberto Carli。1960年代にアフリカで生まれる。子供のころから口笛ばかりふいていて、それがアフリカの暑さのせいだと思った家族はベルギーに移り住むことになる。18歳のときに軍役を免除(免職?)になった理由は、口笛ばかりふいているから。
大人になり、自分のくちずさんだメロディーをもとにデモテープをつくりレコード会社に売り込む。1994年にリリースされた Beckie Bell の In The Name Of Love を作曲。2000年にデンマークのレーベル Edel Records から John The Whistler 名義でリリースした I'm In Love がデンマーク、ノルウェー、ドイツなどでヒット。その曲が収録されたアルバムはデンマーク盤、ロシア盤、シンガポール盤でリリース。John … 名義での活動は、その後に1枚のシングルをリリースしたのみ。

Alexander Rybak(アレクサンダー・リーバク、アリャクサンドル・ルィバーク)
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%83%A3%E3%82%AF%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%82%A3%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%AF
ベラルーシ(当時はソビエト・白ロシア)生まれノルウェー在住のミュージシャン。2009年のユーロビジョンにノルウェー代表で出場し優勝。
I'm In Love の英語カバーバージョンは2010年リリースのアルバム No Boundaries に収録。ロシア語カバーバージョンのリリース時期などは不明。

Дискотека Авария (Diskoteka Avariya / Diskoteka Avaria)
 http://en.wikipedia.org/wiki/Diskoteka_Avariya
ロシアのポップ・グループ。
ロシア語カバーバージョンのリリース時期は不明。

Fabrizio Faniello(ファブリツィオ・ファニエロ)
 http://en.wikipedia.org/wiki/Fabrizio_Faniello
マルタのミュージシャン。2001年、2006年のユーロビジョンにマルタ代表として出場。
英語カバーバージョンのリリース時期は不明。インドネシア語カバーバージョンは2010年ごろにリリースされた The Bahasa Album(?)収録曲。このアルバムはインドネシアでヒットしたであろう曲のカバーが収められている模様。

posted by oka at 20:57| 奈良 ☁| Comment(0) | 音楽(music) - YouTube | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月24日

[memo] Sanremo 1983

1983年のサンレモ音楽祭について書いてあります。自分のための備忘録の意味合いが強いです。結構マニアックかもしれませんのでご了承を。

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ワタシにとってのエポックメイキングな音楽イベントが1990年のユーロビジョンだということは以前にココで書いた記憶がありますが、実はもうひとつありまして、それが1983年のサンレモ音楽祭でした。

1983年の2月下旬か3月上旬頃だったと思います。NHK-FMの平日夜7時のニュースのあとの20分程度の番組だったと思います。洋楽番組でしたが米英の最新ヒット曲ではなく、映画やミュージカルのサントラにボサノバや60年代のシャンソンなどが中心の番組でした。たまにフランスなどのあたらしめの楽曲も流れていました。その番組でその週に組まれていた特集が「今年のサンレモ音楽祭」でした。

サンレモ音楽祭という存在は既に知っていて、オールディーズのくくりの中で1960年代のサンレモ出場曲のいくつかは知っていたものの詳細に知っていたワケではありませんでした。ごくたまにイタリアのヒット曲なんてものがラジオから流れてくることがあって、イタリアのいまどきのポップスというのは大いに興味を持っていました。さらに、AGFマキシムのテレビコマーシャルで流れ始めていた曲が気になっていて、それがイタリアのポップスだと知った直後だったのも影響したと思います。

番組内で紹介されたのは十数曲程度だったと思います。ファイナル(?)出場曲が26曲だったらしいのでその約半分でしかなかったのですが、それでも当時のナウいヤング(笑)が聞くイタリアのポップスを聞けたことで、自分にとってかなりのインパクトがありました。アメリカやイギリスのヒット曲にはないメロディーラインにひと目惚れならぬひと聞惚れしてしまいました。

イタリア語版ウィキの記事をもとに、ワタシが憶えている範囲で、当時聞くことができた作品をピックアップしていきます。聞くことができた作品はアスタリスク(*)をひとつ、お気に入りだったのはふたつつけました。

ちなみに、当時のサンレモ音楽祭はイタリアの財政難を反映してかフルオーケストラは姿を消して、参加者はカラオケ(一部はクチパク?)でステージにたっています。


Festival di Sanremo 1983
 http://it.wikipedia.org/wiki/Festival_di_Sanremo_1983
 (開催期間:1983年2月3日〜5日)

順位. アーティスト - タイトル

1. Tiziana Rivale - Sar? quel che sar? *
2. Donatella Milani - Volevo dirti **
3. Dori Ghezzi - Margherita non lo sa **
4. Matia Bazar - Vacanze romane *
5. Toto Cutugno - L'italiano **
6. Fiordaliso - Oramai *
7. Stefano Sani - Complimenti *
8. Gianni Morandi - La mia nemica amatissima *
9. Amii Stewart - Working Late Tonight
10. Marco Armani - ? la vita
11. Giuseppe Cionfoli - Shalom
12. Giorgia Fiorio - Avr? *
13. Flavia Fortunato - Casco blu **
14. Bert?n Osborne - Eterna malattia *
15. Riccardo Azzurri - Amare te
16. Sandro Giacobbe - Primavera
17. Christian - Abbracciami amore mio *
18. Marco Ferradini - Una catastrofe bionda
19. Richard Sanderson - Stiamo insieme *
20. Zucchero Fornaciari - Nuvola
21. Gianni Nazzaro - Mi sono innamorato di mia moglie **
22. Barbara Boncompagni - Notte e giorno
23. Passengers - Movie Star
24. Viola Valentino - Arriva arriva
25. Vasco Rossi - Vita spericolata
26. Pupo - Cieli azzurri *


Tiziana Rivale - Sar? quel che sar?
 http://www.youtube.com/watch?v=gx8QaENufK8 - live@sanremo
 http://www.youtube.com/watch?v=_s8vwLl4Ovk - audio

Tiziana Rivale(ティツィアーナ・リヴァーレ)は1980年(81年?)にデビュー。1988年に一旦歌手活動を休んで1990年代半ばに復帰。現在も活動中。


Donatella Milani - Volevo dirti
 http://www.youtube.com/watch?v=H7hLGZmcLc0 - live@sanremo
 http://www.youtube.com/watch?v=XgRA8T3NAOU - audio

Donatella Milani(ドナテッラ・ミラーニ)は1963年2月3日生まれ。奇しくもこのサンレモ音楽祭期間中に彼女は20歳の誕生日をむかえたことになる。
この曲 Volevo dirti(ヴォレーヴォ・ディルティ)がメジャー・デビューの模様。メジャーな活動は1988年のシングルリリースが最後。


Dori Ghezzi - Margherita non lo sa

 http://www.youtube.com/watch?v=dCTDMt-5Ksg - live@sanremo
 http://www.youtube.com/watch?v=EVOeX6NE-AA - audio
 http://wikitesti.com/index.php/Margherita_non_lo_sa - lyrics

ワタシが聞くことができた十数曲のうちで一番のお気に入りソング

Dori Ghezzi(ドリ・ゲッツィ)は1966年にデビュー。1972年から79年(?)まで、アメリカ出身のWess(ウェス)とのデュエットで知られている。1975年のユーロビジョンに出場。この Margherita non lo sa(マルゲリータ・ノン・ロ・サ、意訳:ひなぎくは知らない)はソロ時代の作品。1990年(1989年?)、医者のアドバイスにより歌手活動から引退。現在は亡き夫の名を冠した Fondazione Fabrizio De Andr?(ファブリツィオ・デ・アンドレ基金)の代表。ちなみに、ウェスは2009年9月、アメリカツアー中のニューヨークで死去。


Matia Bazar - Vacanze romane
 http://www.youtube.com/watch?v=r_CyfHjNjg4 - live@sanremo

Matia Bazar(マティア・バザール)は1975年、ジュネーブで結成されたバンド。サンレモ音楽祭の常連で、1978年には ...E dirsi ciao(邦題:チャオとひと言)で、2002年には Messaggio d'amore(直訳:愛のメッセージ)でそれぞれ優勝。1979年のユーロビジョンにも出場している。1990年のアルバム「レッド・コーナー」を最後にボーカルのアントネッラが独立してソロに。バンドの音楽を形作る上での核だった彼女が抜けたのは非常に大きかったようで、その後、女性ボーカルが何度か入れ替わる。
1982年後半、彼らの曲 Il Treno Blu(邦題:愛のブルートレイン)がAGFのTV-CMで使われたことで日本でも知られるようになる。この Vacanze Romane(邦題:ローマの休日)も日本でリリースされている。

AGF マキシム TV-CM(愛のブルートレイン)
 http://www.youtube.com/watch?v=dJeQMUn33kk


Toto Cutugno - L'italiano
 http://www.youtube.com/watch?v=zRDVQT_MT-o - live@sanremo

Toto Cutugno(トト・クトゥーニョ)は、そのダミ声が特徴的で、現在も活動中の超がつくくらいのベテランシンガー。1970年にメジャーデビュー。70年代半ばに Albatros(アルバトロス)というバンドを結成、日本でも Africa(邦題:愛の挽歌)が小ヒット。1978年のバンド解散後、再びソロ活動。80年代には精力的にサンレモ音楽祭にエントリー。1990年のユーロビジョンには Insieme: 1992(直訳:みな一緒に1992)でイタリア代表として参加し優勝している。


Fiordaliso - Oramai
 http://www.youtube.com/watch?v=lRqBfyT8jvc - live@sanremo

Fiordaliso(フィオルダリーゾ)は1981年にデビュー後、1990年代後半の休止期を除いて現在も精力的に活動している人気シンガー。
個人的には1984年のサンレモ出場曲 Non voglio mica la luna(邦題:お月様は知らない)のほうが大好き。

Fiordaliso - Non voglio mica la luna (1984)
 http://www.youtube.com/watch?v=nR2VD7Dz0Gk


Stefano Sani - Complimenti
 http://www.youtube.com/watch?v=N9RpT8ELjMc - live@sanremo

Stefano Sani(ステファーノ・サーニ)は、歌手としての活動期間は1980年代前半だった模様。


Gianni Morandi - La mia nemica amatissima
 http://www.youtube.com/watch?v=o2IfUehhU-M - live@sanremo

トト・クトゥーニョが超がつくくらいのベテランなら、彼 Gianni Morandi(ジャンニ・モランディ)は超がつくベテランシンガー。サンレモ音楽祭の常連で、1987年、Enrico Ruggeri(エンリコ・ルッジェーリ)と Umberto Tozzi(ウンベルト・トッツィ)とのデュエット曲 Si pu? dare di pi?(邦題:もっと、もっと)で優勝。
ちなみに、ウンベルト・トッツィは1979年、Giancarlo Bigazzi(ジャンカルロ・ビガッツィ)との共作 Gloria を歌ってイタリアで大ヒット。後年、ローラ・ブラニガン(Laura Branigan)が歌って大ヒットしたことでも知られる。

Morandi-Ruggeri-Tozzi - Si pu? dare di pi? (1987)
 http://www.youtube.com/watch?v=qd26426Rfsg - PV
Umberto Tozzi - Gloria (1979)
 http://www.youtube.com/watch?v=KTM_qG_NPC8


Giorgia Fiorio - Avr?
 http://www.youtube.com/watch?v=3AvdhltEiwk - live@sanremo

Giorgia Fiorio(ジョルジア・フィオリオ)は1967年7月生まれで当時は15歳。1982年にデビューして89年まで音楽活動を続けるが、翌90年に写真家に転身。現在も写真家として活動中。


Flavia Fortunato - Casco blu
 http://www.youtube.com/watch?v=y4v2x2WAe8w - live@sanremo

Flavia Fortunato(フラヴィア・フォルトゥナート)は1982年にデビュー。この Casco blu(カスコ・ブル、直訳:青いヘルメット)は彼女の2枚目のシングル。


Bert?n Osborne - Eterna malattia
 http://www.youtube.com/watch?v=uDY1bef_l1g - live@sanremo

Bert?n Osborne はスペインのベテランシンガー。1971年にデビュー、1980年代までは音楽を中心に、90年代以降はテレビでのコメンテーターなどを中心に活動中。


Christian - Abbracciami amore mio
 http://www.youtube.com/watch?v=uNY517FTYZI - audio


Richard Sanderson - Stiamo insieme
 http://www.youtube.com/watch?v=YVGBu0A2-Qc - live@sanremo

リチャード・サンダーソン(Richard Sanderson)は日本では、映画「ラ・ブーム」の主題歌「愛のファンタジー」(Reality)で知られているイギリスのシンガー。

Richard Sanderson - Reality (1980)
 http://www.youtube.com/watch?v=OL2FazadHoQ - PV


Gianni Nazzaro - Mi sono innamorato di mia moglie
 http://www.youtube.com/watch?v=0d8El-eDLQ0 - live@sanremo

Gianni Nazzaro(ジャンニ・ナザーロ)は1965年のデビューから70年代までヒット曲を出し続けた。タイトルの Mi sono innamorato di mia moglie(ミ・ソノ・インナモラート・ディ・ミア・モッリエ)の意訳は「あなたを愛しつづけて」。


Pupo - Cieli azzurri
 http://www.youtube.com/watch?v=1ZdEBmRRTsU - live@sanremo

Pupo(プポ)はイタリアのシンガー・ソングライター。作詞作曲には Enzo Ghinazzi(エンツォ・ギナッツィ)名義を使う。



ちなみに、9位の Amii Stewart(エイミー・スチュワート) は1979年にディスコ・ソング Knock On Wood をヒットさせた Amii Stewart 本人。

ちなみに、20位の Zucchero Fornaciari(ズッケロ・フォルナチャーリ)は、世界的にはWithout a woman (Senza una donna) をポール・ヤング(Paul Young)とデュエットしたズッケロ(Zucchero)として有名。

最後まで読んだアナタ、めっちゃありがとさん(笑)。
Grazie mille!

posted by oka at 04:50| 奈良 ☀| Comment(2) | 音楽(music) - YouTube | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月08日

最近聞いている音楽まとめ(長いです)

備忘録みたいなもんです。twitterでつぶやいたりつぶやいていなかったり、最近いろいろ聞いている音楽のまとめです。ツイッターだと内容が「過去に流れ去ってしまう」感覚があって、それだとなんだかとってももったいないような気がして。せっかく知ることができたのだから、もうちょっと自分用の記録として留めておきたいな〜と。
あ、それから。「です、ます」と「だ、である」が混在してますが目をつぶってくださいませませ〜(汗)。


ということで、こんな曲についてメモっています。
ほとんどがニッチではございますが。


 Dreletronic - Čavel v glavi (1992)
 Franko Krajcar feat. Jadranka Stojaković - Melankonija (2008)
 Modà - La Notte (2010)
 Slavonia Band - Ej, Lutkice (2010)
 Atiye - Dondurma (2009)
 Daleka Obala - Nema te (1994)
 へんしん!!じゃがポテ仮面 第1弾 (2010)
 Nikos Vertis & Sarit Hadad - Emeis oi duo tairiazoume (?)
 The Call - Everywhere I go (1986)
 The Call - Memory (1987)
 Hulkar Abdullaeva - Sevmaysan (2009?)


では、どぞ。



Dreletronic - Čavel v glavi (1992)

 http://youtu.be/WcCI6fpxbHg

Čavel v glavi(チャベル・ヴ・グラヴィ?)は、クロアチアのバンド Dreletronic(ドレレトロニク?)のデビュー曲で最大のヒット(らしい)。これは、同じクロアチアのロック・バンド Thompson が1991年にリリースしたデビュー曲 Čavoglave (チャヴォグラヴェ?) のパロディソング(Čavoglave は nailhead の意味をもつクロアチアにある村の名前で、Čavel v glavi は nail in head の意味)。Dreletronic というグループは2枚のアルバムをリリースしただけで活動を終えたようです。ボーカルだった Davor Dretar Drele はラジオやテレビのパーソナリティ、俳優として活躍中のようです。

Dreletronic
 http://hr.wikipedia.org/wiki/Dreletronic
Sexpresso: Davor Dretar Drele
 http://www.youtube.com/watch?v=dzsLTVvRl0E



Franko Krajcar feat. Jadranka Stojaković - Melankonija (2008)

 http://www.youtube.com/watch?v=N3nE66FTYHk

クロアチア出身の Franko Krajcar(フランコ・クライツァー?)が2008年にリリースしたアルバム Pensieri の収録曲。デュエットしているのは日本でも知られているサラエボ出身のヤドランカ(Jadranka Stojaković)。
「現地在住の日本人から、最近はクロアチアのひとたちから『どうしてあんな戦争をしてしまったのだろうと思うことがある』と聞くことが多くなった」というハナシを聞いた、というハナシを聞いたことがあります(伝聞の伝聞w)。このビデオを見ていて思い出しました。

Franko Krajcar
 http://www.frankokrajcar.com/indexen.html (音が出ます)
ヤドランカ(Jadranka Stojaković)
 http://ja.wikipedia.org/wiki/ヤドランカ



Modà - La Notte (2010)

 http://www.youtube.com/watch?v=R3Ob_fTaWmI

イタリアのロックバンド Modà(モダ)が2010年10月にリリースしたデジタル・シングル。最新アルバムは、彼らが出場した今年のサンレモ音楽祭開催中の2月にリリースした Viva i romantici 。
ちなみに、Modà は日本語でいうならファッション・モードの「モード」。だからといって、ダニエルもベティもウィルミナも関係ありません(笑)、あしからず。

Modà
 http://it.wikipedia.org/wiki/Modà



Slavonia Band - Ej, Lutkice (2010)

 http://www.youtube.com/watch?v=vhRrpGuZlzA

Slavonia Band は2001年に結成、翌2002年に最初のCD(アルバム?)Idu kiše をリリース。活動拠点もやっぱりスラボニアなんでしょうかねえ。この Ej, Lutkice(エイ・ルトキツェ?英訳:Hey, Sweety)は、PV中にもあるクロアチアのラジオ局 Narodni RADIO などがスポンサーとしてついているようです。
ちなみに、先の Davor Dretar Drele もこのラジオ局でパーソナリティをしています。
ちなみに、スラボニアはクロアチアの地方名です。

Slavonia Band
 http://www.slavoniaband.hr/
 http://www.facebook.com/slavoniaband



Atiye - Dondurma (2009)

 http://www.youtube.com/watch?v=IrXqD6U8uL8

彼女についての英語版ウィキを見ると、ドイツ生まれのオランダ系トルコ人シンガー、ということなんでしょうねえ。音楽活動はトルコに軸足を置いているようです。トルコらしくもありトルコらしくもない、従来にはない新しいターキッシュ・ポップスがこれからはどんどん増えていくんでしょうね。

Atiye
 http://en.wikipedia.org/wiki/Atiye_Deniz



Daleka Obala - Nema te (1994)

 http://www.youtube.com/watch?v=tR6Igbz5kLU

Daleka Obala(ダレカ・オバラ)はクロアチアのスプリトで活動中のバンド。1985年に結成され1990年にデビューアルバムをリリース。バンド名は英語で distant coast の意。この曲 Nema te(ネマ・テ)は、1994年にリリースされたアルバム Morski pas の収録曲。
ちなみに、メンバーのひとり Zoran Ukić(ゾラン・ウキッチ)の息子はプロのバスケット選手の Roko Ukić(ロコ・ウキッチ)。

Daleka Obala
 http://en.wikipedia.org/wiki/Daleka_Obala



へんしん!!じゃがポテ仮面 第1弾 (2010)

 http://www.youtube.com/watch?v=QfiW2eFQ6jY

大阪の毎日放送の天気予報「はれときどきうた」で使われている曲。第1弾、第2弾は向笠揚一朗クンが、第3弾は鈴木福クンがそれぞれ歌唱。我が家では、この舌足らずな歌声に魅了されてます(笑)。

へんしん!!じゃがポテ仮面 第2弾・関西編
 http://www.youtube.com/watch?v=G19ojQ3GA6M
へんしん!!じゃがポテ仮面 第3弾・冒険編
 http://www.youtube.com/watch?v=b-G7SmzsMOA



Nikos Vertis & Sarit Hadad - Emeis oi duo tairiazoume

 http://www.youtube.com/watch?v=CgwCKQp4q7A

オランダ(ホルクム)生まれギリシャ(テッサロニキ)育ちの Nikos Vertis は2003年にデビュー。彼の歌はライカとよばれるポップフォークにジャンル分けされているようです。
イスラエルのアフラにある音楽一家に生まれた Sarit Hadad は、2002年のユーロビジョン・ソング・コンテストにイスラエル代表として出場したことでも知られています。

Sarit Hadad - Light the candle (2002)
 http://www.youtube.com/watch?v=wtZaZod887U

Nikos Vertis
 http://en.wikipedia.org/wiki/Nikos_Vertis
Sarit Hadad
 http://en.wikipedia.org/wiki/Sarit_Hadad



The Call - Everywhere I go (1986)

 http://www.youtube.com/watch?v=Vi-CfLsgLyk

The Call - Memory (live)

 http://www.youtube.com/watch?v=jLccZuweACs

ボーカルでギタリストのマイケル・ビーン(Michael Been)を中心に1980年に結成されたアメリカのロックバンド。1982年にアルバム The Call でメジャーデビュー。ワタシが彼らを知ったのは4枚目のアルバム Reconciled の収録曲でシングルリリースされていたこの Everywhere I Go のPV。楽曲の好み云々ではなくてボーカルであるマイケル・ビーンの見た目と声にひとめぼれ&ひと聞き(?)ぼれしたのがきっかけ(笑)。日本で彼らのアルバムがリリースされることはほとんどなかったと思いますが、どうだったんでしょうかねえ。

1991年にアルバムリリース後、バンドとしての活動を休止してマイケルはソロ活動を開始。ミュージシャンとして活動するかたわらプロデュース業もはじめました。
バンド活動再開後の1997年にオリジナル・アルバム To Heaven and Back をリリース。残念ながらバンドとして全盛期のような出来ではなくて、これがバンドとしては最後のリリースになります。2000年にはバンド活動を再度休止したようです。
その後、マイケル・ビーンは息子ロバート・レヴォン・ビーン(Robert Levon Been)が所属するバンド、ブラック・レベル・モーターサイクル・クラブ(Black Rebel Motorcycle Club、BRMC)をサポート。
マイケル・ビーンは2010年8月19日、BRMC が参加するベルギーのハッセルトの音楽祭 Pukkelpop 2010 のバックステージで倒れ死去。これにより、バンドの再々活動は非常に難しくなってしまいました。

ちなみに、Everywhere I Go のPVの最後に流れる リチャード・マニュエル(Richard Manuel)はザ・バンド(The Band)のメンバーのひとり。彼らの最初のアルバム3枚にザ・バンドのガース・ハドソン(Garth Hudson)がキーボーディストとして参加していたこともあって、バンドメンバーとリチャードとの交流があったことがうかがえます。

Michael Been
 http://en.wikipedia.org/wiki/Michael_Been
The Call
 http://en.wikipedia.org/wiki/The_Call_(band)



Xulkar (Hulkar Abdullaeva) - Sevmaysan (2009?)

 http://www.youtube.com/watch?v=TujzAyIuYyI

ウズベキスタンの Hulkar Abdullaeva が2009年にリリースした作品。同年リリースの彼女のベストアルバムに収録されているらしいです。以前はホラズム・ポップスというのでしょうか、彼女の代表曲 Lazgi のように民族音楽色の強い楽曲を歌っていたようですが、最近はポップな作品が多くなったようです。彼女の名前の表記は複数みうけられますが、Hulkar Abdullaeva が現在は一般的なようです(ウズベキスタンのウズベク語は現在は公式にはラテン文字なので、キリル文字は古い表記)。

Hulkar Abdullaeva - Lazgi
 http://www.youtube.com/watch?v=oT40tBZvGak


以上。

最後まで読んでいただき、さんきゅーべろまっち!(古っw)

posted by oka at 00:45| 奈良 ☁| Comment(0) | 音楽(music) - YouTube | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月31日

赤いバンダナのダルマチアン

赤いバンダナをしたダルメシアン、ではありませぬ。

そういや、犬や猫の種類って俗説も含めて地名(原産地?)由来って多いような気がする〜。ダルマチア地方のダルメシアンやマルタ島のマルチーズにペルシャのペルシャ猫、などなど。日本だと秋田県の秋田犬、高知の土佐犬に北海道の北海道犬(ソフトバンクのあのお父さん)とか。そんなワンちゃんたちとややこしくなるからなのか、「ダルマチア語」は英語では Dalmatian ではなくて Dalmatian language とか。既に存在しない言語らしいので一般的に使う機会はほとんどないけどねえ。とはいえ、イェフダーさんちのような努力があれば復活する可能性はある・・・かな。でも、ヘブライ語と違って写本や印刷物がほとんど残ってないらしいから無理かも。


と、大きくハナシがズレました。


最近のハマりものはクロアチアのダルマチア(ややこしいw)のエスニック・バンド Berekini(ベレキニ)。このバンド、アドリア海のムルテル(Murter)島のベティナ(Betina)で1987年(?)に結成され、現在も活動中だとか。
南イタリアっぽくもありギリシャっぽくもありバルカン半島っぽくもある彼らのサウンドはダルマチアの、それも海沿いならではの音なんかなあ〜、と。北のイストリアあたりになるともっとイタリア色が強くなるんだろうけれど(もちろん、そんな音も大好きだけれど)、そこまでいかないところがワタシ的にはとってもいい塩梅。

Berekini - Šinjorina(シニョリナ/直訳:お嬢さん)

 http://www.youtube.com/watch?v=VjUVMWKg1NU (?) PV
 http://www.youtube.com/watch?v=q4N-J9cxuBE (1996)
 http://www.cuspajz.com/tekstovi-pjesama/pjesma/berekini/sinjorina.html (歌詞)

Berekini - Dižen Sidro(ディジェン・シドロ/直訳:錨をあげろ)

 http://www.youtube.com/watch?v=o7Mr_su1fhc (2007?)

Berekini(ファンページ?)
 http://www.facebook.com/pages/BEREKINI/85512191442


んで、本題。


その Berekini のギター兼ボーカルで赤いバンダナした彼 Oliver Jakovčev(オリバー・ヤコブチェフ?)が、ちょっと太めでカワユクね?ということが今日の主題。フェイスブックにある彼のページによると、結婚して子どももいるみたい。くそっ(笑)
あらやだ〜!「くそっ」ってお下品なコトバ使っちゃった〜(笑)

0330_oliver-jakovcev_2010_berekini.jpg
Oliver Jakovčev (オリバー・ヤコブチェフ?)

Oliver Jakovčev
 http://hr-hr.facebook.com/people/Oliver-Jakovčev/1255507455

(クロアチアの)南の島で結成して生まれ故郷のサウンドを大切にして20年以上活動しているバンドのメンバーで、デビュー当初と比べると太くなったメイン・ボーカル・・・ってことは、まんまビギンの比嘉栄昇ちゃんやんか〜(笑)

posted by oka at 00:51| 奈良 ☀| Comment(0) | 音楽(music) - YouTube | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする